第21回春のオンライン54ら読書会 2025.5.23
【参加者】
篠原泰司(一文)、石河久美子(一文)、沖宏志(理工)、首藤典子(一文)、山口伸一(理工)、露木肇子(法)、鈴木伸治(商)、宮田晶子(政経)、斎藤悟(社学)、前田由紀(一文)
(以上10名、敬称略)
今回は、土の壮大な歴史から始まり、偶然にも参加者3名が最新の直木賞作家の伊予原新さんの作品が重なり、科学的な知識がちりばめられた文学作品の魅力が共有できた。広島の沖さんからは、広島の公共図書館による読書会リストの案内があり、読書会の文化が根付いていることを知りえた。教皇選挙の映画もタイムリーな上映で皆の関心を集める。他に、英国の著名な作家の作品、英国でベストセラーとなっている柚月さんの作品、注目を集めるフジテレビ関連作品、早大出身の綿矢さんの新作が紹介された。最後は、紹介作品に出てきた花巻の獅子踊りをきっかけに、福島の斎藤さんからの東北の旅の話題に広がった。
なお、これまでの 読書会報告集、Book List、もご覧いただけます。
(発表順、文体は常体に統一)
〇篠原泰司(一文)
『土と生命の46億年史 土と進化の謎に迫る』藤井一至 、ブルーバックス2278、講談社
「土」の生成と増加、蓄積と消滅に関する本。「土」の歴史は微小な生物と鉱物などを含めた物質の広大な循環と代謝の歴史でもある。それは、テクノロジー(科学技術)の一切及ぶことのない世界である。植物のからんだ農業の分野とかなり関わりがあり、フィル―ドワークを主体にした研究でもあるので、まるで文化人類学の本を読んでいるような感覚を絶えず持ちながら読んだ。結論部分にはディストピア的な悲観論は一切ないが、個人的な感想としては人類の未来は明るくないという感想は思い描かざるをえなかった。テクノロジーを超える未来の思想のためにも読むべき一冊だと思う。
『新・古代史 グローバルヒストリーで迫る邪馬台国、ヤマト王権』
NHKスペシャル取材班、NHK出版新書735
3世紀~5世紀の日本の古代史を今現在の歴史研究の現場に即して探究した本。具体的には纏向遺跡と箸墓古墳、吉野ケ里遺跡などの遺跡の発見と調査の歴史、それに東アジアの古代史の文献の精密な読解が試みられている。NHKのドキュメンタリーの制作陣によって書かれているので内容の深さに比較してかなり分かり易く、信頼性抜群の読み物になっている。卑弥呼や大和朝廷などの日本古代史に興味のある人はぜひ手元に置いておくべき一冊だと思った。
〇石河久美子(一文)
『藍を継ぐ海』伊予原新、新潮社
今期の直木賞受賞作。五つの短編小説からなり、著者の地球惑星科学の研究者としての知識と経歴を生かした作品も多い。長崎の原爆投下直後、原子爆弾の正体を探ろうと被爆した岩石やがれきを集め科学的に検証しようとした地質学者の話が印象に残った。ミステリー仕立てでもあり、様々な情報を集め、それを組み立て考察して結論に導くといった展開がいかにも研究者らしい。全編を通じて普段馴染みのない科学の知識がストーリーに組み込まれており、科学を身近に感じることができる。
映画「教皇選挙」エドワード・ベルガー監督(米英合作2024年)
本年度アカデミー賞、脚色賞受賞作品。カトリック教会の頂点に立つローマ教皇を選ぶコンクラーベをめぐるストーリー。様々な謀略が展開し、投票の過程で有力候補者が刻々と様変わりしていく知的ミステリーエンタテイメント。映像も美しい。上映期間中に実在のローマ教皇が死去、コンクラーベが実施され、フィクションを現実が追う形になり話題となった。新しい教皇はどのような過程を経て選出されたのか、現実と映画をリンクさせて想像するとさらに面白さが増す。
〇沖宏志(理工)
『道元の哲学』小坂国継、ミネルヴァ書房
墓じまいをきっかけに、昔よく読んでいた正法眼蔵解説本を久々に読んでみた。3年前にここで発表した、シェリー・ケイガン本『死とは何か』は死というものを、哲学的に、「私」「同一性」「時間(今)」「神」「意識(言語)」といったものと論理的にからめながら、解き明かしていったが、この本も宗教の書である『正法眼蔵』を哲学的に解き明かしていて、実におもしろい。
*ところで、みなさんの地元で、読書会用の本を提供しているところはあるでしょうか?
また、ある場合、どの程度の本を用意しているのでしょうか?情報があったらください。
広島市の場合は下記の程度の本を用意しています。
https://www.library.city.hiroshima.jp/information/guide/images/index_dokushokai.pdf
参考に広島市の読書会用の本(先のURL)を、うちの読書会(みささ読書会)でどのように読んできたかのデータを下記に示します。(エクセルファイルがダウンロードされます)
https://www.com-net2.city.hiroshima.jp/mitaki/file/48
日付は、その本をいつ、みささ読書会で取り上げたか。Noは読書ノートへのポインタです。今年はみささ読書会の幹事が回ってきたので、過去のデータをちょっとDX化してみました。みささ読書会自体は1973年に設立されたらしいですが、図書館の読書会用の本というシステムが機能し始めたのは1980年代初頭あたりからだと思います。ちなみに、全国図書貸出No1の高知市 オーテピア高知図書館では、下記のような読書会用図書館本(614冊)を用意しているようです。
https://otepia.kochi.jp/library/holding04.html
*ちなみに広島市の読書会用図書館本は274冊。
〇首藤典子(一文)
『青ノ果テ ―花巻農芸高校地学部の夏―』伊与原新、新潮社
主人公は地元で生まれ育ち、小さい頃から鹿踊りという東北地方で広く行われている舞踊に打ち込んでいて、その鹿踊りを続ける為に高校に進む。彼の近所に住み同じ高校に進んだ美術部の同級生の女子、2年で東京から転校してきた男子と、この3人が地学部に入部することになり話が展開していく。3人は親同士が子供達には明かされていなかった理由で実は繋がっていて、高校の地学部入部で運命とでもいうべき出会いをしたという物語。
この地学部創部の発案者であるひとつ年長の地質学に詳しいリーダーによって、自転車や電車を乗り継ぎ宮沢賢治の地学的世界を巡る旅(夏休みの合同研究)に出ることがこの作品の主軸をなしている。旅の目的は鉱物調査をしたい人、宮沢賢治の童話に出てくる地名は地理的にどの辺りを指すのか、その地点に立ってみたい人、幼い頃からの女友達と転校生の間にある秘密を聞き出したい為についていく人とそれぞれだが、2週間にも渡る旅の最後に台風に遭遇し山で遭難するのではないかという困難な状況の中で、本音を打ち明けることが出来、絆が生まれる。そして、美術部にも所属し、旅には同行しなかった幼なじみの女生徒が、キャンバスに夜になりかけの空の深い青を描こうとしていて、その色を「青の果て」と言ったことがタイトルになっている。
宮沢賢治の詩に「薤露青」という言葉があるが、闇に閉ざされる寸前にだけ見られる空の青を意味するものらしい。その「はかなさ」を表現したかったということであろうか。伊予原氏は「青」「藍」とこの色にまつわるタイトルが付いた作品があるが、その関連性が意図するところが何かは興味深いものがある。
〇山口伸一(理工)
『BUTTER』柚月麻子、新潮社
保険金殺人容疑の梶井真奈子を取材する記者・町田は、彼女の言葉に影響され、欲望と自由の意味を問い直していく。梶井の「ストッパーを外さなければ幸福は得られない」という思想は現代人への挑発でもある。周囲との関係を壊しながらも町田は自分なりの答えを見出し、老後の孤独も自然と受け入れる平穏を取り戻す。ラストは意外にも清々しく、読後感が心地よい。
〇露木肇子(法)
『老いぼれを燃やせ』マーガレット・アトウッド作 鴻巣友季子訳、早川書房
著者は1939年オタワ生まれ、1985年46才の時に出した予言的ディストピア小説『侍女の物語』が世界的なベストセラーになり一躍有名になった。著者は2019年80歳になって『侍女の物語』の続篇『誓願』を出し、女性の生殖を管理した差別社会の崩壊を描いた。
本書は著者が70代に発表した9つの短篇集で、その多くは、高齢者が長年の恨み・怒りを、人生の最後になって解決していく物語だ。書名となった作品は、姥捨てを極端にしたもので、暴徒が次々と老人ホームに放火する話だ。老化にめげない老人達のパワーに圧倒される作品集となっている。
〇鈴木伸治(商)
『獨白2011年3月「北の国から」ノーツ』倉本聰、
フラノ・クリエイティブ・シンジケート(2011年10月)
伝説的ドラマ「北の国から」のシナリオ作家倉本聰が、その30周年を記念して最初のシリーズ24話について、富良野塾OBライターへの特別講義として2011年2月末から4月頭にかけて語ったものである。途中で東日本大震災が起こったことで、天災や原発事故とも照らし合わせられている。自身のNHKとの衝突から大河ドラマ(勝海舟)を途中降板して札幌へ逃避行するなどの個人的背景や経験や、その時代の社会的背景から物語の創作について語られている。映像だけでなく、脚本を読みたくなる。
『「北の国から」異聞 黒板五郎 独占インタビュー!』倉本聰、講談社(2018年6月)
同じく倉本聰が語った「北の国から」のサイドストーリー。耄碌しかけた黒板五郎が過去をふり返って真摯に語る「北の国から」の撮影秘話で、殆どが真面目なノンフィクションとのことである。
『定本 北の国から SINCE1981』倉本聰、理論社(2002年8月)
「北の国から」の1981年放送開始から2002年最終回までの全原作シナリオが収録されている。
『メディアの支配者(上・下)』中川一徳、講談社(2005年6月)
フジサンケイグループに突然襲いかかった堀江貴文と、必死に防衛する日枝久。しかし、その日枝自身、かつてクーデターによって鹿内宏明を追放した首謀者であった。昨今のフジテレビをみると「歴史は繰り返す」を実感します。
〇宮田晶子(政経)
『パッキパキ北京』綿矢りさ、集英社
駐在する夫と暮らすため、コロナ禍が抜けきらない北京に赴いた元銀座ホステスの菖蒲さんが北京を味わい尽くす。著者の北京滞在経験がベースにあり、現在の中国(北京)のガイドとしても面白いが、痛快なエンタテインメントならしめているのは主人公菖蒲の強靭なメンタルとバイタリティ。最後に彼女は阿Q正伝の「精神勝利法」に行きつくが、そのとらえ方が面白く、この主人公に精神勝利法をもってきた綿矢りさの作家としてのセンスを感じた。
『べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~シナリオ第1集 Kindle版』森下佳子、NHK出版
大河ドラマのシナリオ集。第1回から、大変話題を呼んだ平賀源内の死が描かれた16回までが収められている。大河ドラマに付き物の戦闘シーンはないけれど、本屋同士のビジネスをめぐる戦い、幕府・大奥の権力争い、そして吉原の影の部分にも切り込んでいる今回の大河はとても面白いと思う(ただのイケメンと思っていた横浜流星の演技力にもびっくり)。映像もいいけれど、このシナリオでじっくりセリフを味わいたい。
〇斎藤悟(社学)
参加させて頂き有難う御座居ました。母の部屋でしたので黙っている積りでしたが、発言を求められ口を開いてしまいました。東北が話題になっていましたので楽しかったです。
獅子踊りは北上から釜石にバイクで行く途中に、遠野の道の駅で偶々見ました。吉里吉里の海は国道45号から綺麗に見えます。吉里吉里駅も吉里吉里小学校もあります。ひょっこりひょうたん島のモデルの島もあります。何れも大槌町。井上ひさしさんの物語の世界、メルヘンです。
過日の故郷の話に続き東北の話か出て驚き楽しい話が出来て感謝して居ります。この会は特別に感じて居りましたが、矢張りです。東北人は、暗くて取っつき難いと東京等で言われますが、傷付き乍ら頑張って居ります。首都圏に長く住んでいた私は、Uターンして来て 故郷の人にそう言い、傷付け落ち込む事しばしばです。暗いのではないのですが、首都圏に慣れるとそう見えるのです。
過日、故郷は遠きにありて思うものとの解釈が変わったと話しました。賢治さんの畑は花巻にあります。井上ひさしさんの吉里吉里共和国、吉里吉里の海も吉里吉里駅も吉里吉里小学校も実在します。吉里吉里の海は45号線から綺麗に見え、三陸イチの美しさではないかと思われます。『青葉繁れる』は何十年も前に読んだ本で内容を詳細に覚えてはいませんが、井上ひさしさんの仙台一高時代の私小説、恋のお相手は宮城第二女子高の生徒、当時の学生生活等が描かれ、兎に角面白かったです。
子供の頃面白くて本気で見ていた TVドラマ「ひょっこりひょうたん島」もひさしさんの原作。その島のモデルになった島が実在すると知ったのは震災後だったと思います。大槌町役場を背にすると近くに見える江ノ島を彷彿させる島です。震災は悲惨でしたが、メルヘンの世界です。是非皆さんでいらして下さい。
仙台育英高校が甲子園で優勝した時、仙台に帰る時に TVで中継された場面は、白河の関を通過する時の新幹線の中、選手達が「白河の関だ」と言っていました。白河の関は仙台育英がある宮城県ではなく手前の福島県です。何故其処で中継なのでしょうか?甲子園大会では何県かや学校は関係なく、優勝旗が白河の関を越える事が東北の長年の悲願だったからです。白河の関は東北の玄関。甲子園大会では東北が一つになるのです。長い間、東北は弱かったからです。私もあの中継の場面で感動し、涙しました。東北人は暗いのではなく 純朴なのです。人を疑う事を知らず、黙っていると他人から嫌われる事も知らないのです。 狭い村社会で限られた人との関係を続け、人に慣れておらずシャイでもあります。話してみるとイメージと異なり、あまりにも純粋で優しく驚き自己嫌悪に陥る事しばしばです。Uターンして来て25年目なのに、未だ馴染めずにいます。
〇前田由紀(一文)
『藍を継ぐ海』伊予原新、新潮社
石河さんが紹介した本と同作品。5つの短編集。表題作は、徳島の孤独な中学生、沙月とウミガメの関係が描かれる。ウミガメは、一回に100個ほど産卵するが、ほとんどが捕食され、わずかに残った子ガメが、黒潮に乗って外洋に出る。そして30年かけてもどってくるという、なんとも壮大な旅である。その他のお話は、山口の萩焼、奈良の山奥のニホンオオカミ、長崎の浦上天主堂、北海道紋別の隕石の話であり、日本各地を科学的に振り返ることができ、贅沢な読書となるだろう。
『その本はまだルリユールされていない』坂本葵、平凡社
司法書士合格を長年目指していた主人公が、断念して学校司書となる。引っ越したアパートの大家が製本家であったことから、その繊細で奥深いルリユール(手仕事の製本)工房の世界に魅せられていく。白紙の原稿を製本依頼する謎の青年、手渡したバッジをした人しか会わない大家の孫娘、本の結婚式を開催する古本カフェの店長など不思議な世界が展開するが、彼女は周りの人々と温かい繋がりを深めてゆく。ルリユールの世界が実に美しい。
映画「ドマーニ! 愛のことづて」パオラ・コルテッレージ監督(イタリア)
戦後間もないローマで、暴力を振るう夫、寝たきりの義父に仕え、仕事の掛け持ちで貧しい家計を支える主婦が、主人公。抑圧に堪え、家庭を切り盛りする女性を演じる監督兼主役のパオラ・コルテッレージの演技が素晴らしい。娘は母親を不甲斐ないと思い、金持ちの恋人を選ぼうとするが、彼女は、娘を救うため予想外の行動に出る。女性参政権により女性が解放される様が描かれるが、現代でも通ずる課題はあると言える。
*次回は、宮田晶子さん(政経)の司会で、8月22日(金)夏の54ら読書会を予定しています。