第20回冬のオンライン54ら読書会 2025.2.28
【参加者】
篠原泰司(一文)、鈴木伸治(商)、石河久美子(一文)、
露木肇子(法)、首藤紀子(一文)、山口伸一(理工)、
仁多玲子(商)、前田由紀(一文)、斎藤悟(社学)、
宮田晶子(政経)(以上10名、敬称略、順不同)
立春を過ぎて強力な寒波が襲来した2月でしたが、読書会当日は春を思わせる暖かな日でした。そんな夜に視聴のみの方を含め、10人の方に参加いただき、今回もさまざまなジャンルの本を持ち寄って本への思いを語りあいました。
以下、皆様から寄せられた紹介文ですが、文体などは統一いたしました。
なお、これまでの 読書会報告集、Book List、もご覧いただけます。
〇篠原泰司(一文)
『昭和問答』 田中優子・松岡正剛、岩波新書
この「昭和問答」のあとがきが松岡正剛の絶筆になった。
あとがき1を田中優子が書いたあと、松岡正剛はあとがき2を書いた。そしてその原稿を脱稿したあとまもなく松岡は急逝したということだ。
昭和についてはいろいろと読んできた。それでもこの二人の挙げてくる視点や論点にはいままでにないものを感じた。とても面白く読んだ。
新書の帯に書かれた田中優子の松岡正剛に対する弔辞の言葉が印象的だ。「この本の刻まれた一つひとつの言葉の中に、私は次に行く光のかけらを、探し続けている。」
『青い壺』有吉佐和子、文春文庫
「昭和問答」の中で田中優子が有吉佐和子をとても高く評価しているように感じたので読むことにした。まずは「青い壺」。
折しもNHKの「100分で名著」で取り上げられたのがきっかけでベストセラーになってしまった。青い青磁の壺が幾人もの人物の所有を経ていく話なのだが、それぞれの人物にまつわる話がまさに昭和的な習俗や精神などの匂いを強く発散させていて、昭和を感じるならこの本しかないという感じの本だ。
『一の糸』 有吉佐和子、河出文庫
「昭和問答」の中で田中優子が一押しに推薦している有吉佐和子の小説。一人の文楽の天才的な三味線引きを支える女性の一代記である。古典芸能に対する深い造詣はさすがであるし、文体の堅牢さと構成力はさすがとしか言えない。それにストーリーのバランスをとった展開の仕方には読者に安心感を与えてくれる。これが有吉佐和子がいまだに支持される理由の一つなのかも知れないと思った。
〇鈴木伸治(商)
『半導体戦争−世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』クリス・ミラー ・千葉敏生(訳)、ダイヤモンド社
現在のデジタル世界を生み出してきた半導体産業のことが知りたくて良い本を探していたところ見つけたのがこの本。
本書は、アメリカ、ソ連、日本、東アジア(台湾・韓国)、中国などの歴史的文書の調査や、百人を超える科学者、技術者、CEO、政府官僚へのインタビューに基づき、軍事力のバランス、世界経済の構造、そして国際政治の形を決定づけ、私たちの暮らすデジタル世界を特徴づけてきたのが半導体であることを明らかにしている。
半導体の発展は、私が当初想定していた大企業や消費者(産業として)だけでなく、野心的な政府や戦争の要請によっても、というよりもより現代では後者の方によって形づくられてきていることが分かる。
その一例が、アメリカとの安全保障関係を強化するための戦略の一環として1960年代から意図的に半導体サプライ・チェーンの中に身を置き、世界で唯一シリコン上に118億個の微細なトランジスタを刻み込んだiPhone12のA14プロセッサ・チップを製造することのできる台湾積体電路製造(TSMC)を育てた台湾である。
〇石河久美子(一文)
『宙わたる教室』伊予原新、文芸春秋
定時制高校の科学部が、学会の高校生部門で入賞を続けJAXAの「はやぶさ」の開発にも貢献した実話に着想を得たフィクション。昨年秋NHKドラマ化され好評を博した。著者は、地球惑星科学の研究者から小説家に転じた経歴の持ち主。科学の知識を小説に取り入れた作風で今期の直木賞も受賞。
それぞれままならぬ人生を送り定時制にやってきた10代から70代までの生徒たちが、元研究者の教員と出会い、火星の重力下でクレーターを再現するという未知の研究に挑む。その過程で、自分たちの潜在能力に気づき、可能性を広げ自信を取り戻していく様子が生き生きと描かれる。研究の楽しさが伝わってくる清々しい小説。
〇露木肇子(法)
『ハイジ神話』ジャン=ミシェル・ヴィスメール、晃洋書房
最近BSでドキュメンタリー「スイスの象徴となった少女」を観て、「ハイジ」の変わらぬ人気と、作者シュピリ(1827~1907)がうつ病だったことを知り、「赤毛のアン」の作者モンゴメリと同じく、内なる情熱と社会的立場のギャップに苦しんでいたのではないかと考えた。その後見つけた本著によると、シュピリの父は病院経営者、母は宗教詩人、夫は政治家で忙しく、シュピリは幼少時より孤独で、創作に救いを求めたようだ。
本著読了後「ハイジ」のほぼ完訳版(結構長い)を読んでみたところ、自然描写や詩の美しさ、ハイジのキャラクターや愉快なエピソードに魅せられた。
なるほど絵本にも映画にも、アニメにもなるわけだ。
これらの魅力は「赤毛のアン」にもみられるもので、シュピリの約50年後に生まれたモンゴメリも、「ハイジ」を読んでいたことが窺える。
ジェンダーに苦しむかつての女性作家達が生み出した物語は、世紀を越えて女性をジェンダーから解き放つ。
〇首藤典子(一文)
『花散る里の病棟』帚木蓬生、新潮文庫
四代続いた医者の家の物語。初代の野北保造は明治時代の終わり、九州帝国大学医科大学を卒業後公立病院副医院長につき、35歳で開業医となる。当時多かった回虫の治療で虫医者と呼ばれていたが、50歳の時胃潰瘍で死去。
その息子の野北宏一は、中学生の時に父が亡くなった為、苦学の末、九州医専に入学。短期現役軍医候補生に応募し、1943年にマニラの兵站病院で任務に就く。ジャングル内を逃げ惑いながら米軍の捕虜となる。手帳に克明に年月日と戦況を記載する。終戦直後、上官が高熱の為死去。遺品を手渡すように頼まれ、復員後、上官の妻の元を訪れる。尊敬していた上官のようになろうとその妻と翌年結婚する。戦地では栄養失調やマラリア等による病死が戦死者よりも多かったということに驚き、終戦直後、あと少しでの帰還を目前に果てた方達の無念を思うと心が痛む。
三代目は市立病院勤務の内科医だが、元従軍看護婦だった患者から終戦前後の朝鮮での話を診察の度に聞き、当時の様子に思いを巡らせていたが、終戦直後に厚生省引揚援護局直轄下で、引揚途中心ならずも妊娠させられた女性達の堕胎処置を隠密裡に行い郷里に帰したと聞き、その患者と共に水子の供養祭に行くことにする。
四代目は米国で腹腔鏡肥満減量手術を学んだ外科医だが、コロナパンデミックの中、習得したスキルを生かすことなく、逼迫した医療現場でコロナ感染患者の対応に明け暮れる様子が描かれ、ついこの間のことだが、改めて大変な時代だったと思い返してみる。
医師により描かれた作品に引き込まれるのは、命のやり取りの現場が実体験にしろ、聞いたことにしろ、切羽詰まった現場の様子が生々しく伝わってくるからであると思う。
医師を代々継がせ続ける家系の大変さを知る俳優の医家五代目の佐野史郎氏の説得力ある解説文も然り、著者の綿密な取材に感服する。
〇山口伸一(理工)
『檜垣澤家の炎上』永嶋恵美、新潮文庫
1964生まれの永嶋恵美氏の初長編。横濱で回船業を営む檜垣澤家の主人が亡くなり、幼くして引き取られた妾の子が、歳の離れた親族や姪、使用人などの人間関係の中で権力を手に入れる物語。大正の回船問屋の商売や関東大震災の悲惨な状況が詳しく描かれ、犯人の動機も謎解きも十分に納得できる2024年を代表する佳作。
〇仁多玲子(商)
『あしたはきっと大丈夫』高尾美保、コスミック出版
今回の読書会で、私は、産婦人科医である高尾美穂さんが書かれた「あしたはきっと大丈夫」という本を紹介した。高尾美穂さんは、NHKの朝イチによく出演されて、ヨガを披露したりする産婦人科医です。とんがり頭で、名前は知らなくても、見たことはある方は多いと思う。高尾先生が、女性、特に若いこれからの女性に、これからの生き方をアドバイスする本で、一つひとつ解説しているので、とても読みやすい。例えば、「なりたい自分をイメージしたら行動に移す」という項目で、自分はこうなると強く思い、そんな自分に近づいていくために具体的な行動や努力を積み重ねていくことで、理想を現実にしていくと語っている。若い女性だけでなく、今の年齢の私でも、あてはまるのではないかと思う。
〇前田由紀(一文)
『旅人 ある物理学者の回想』湯川秀樹、KADOKAWA
「ただ、私は学者として生きている限り、見知らぬ土地の遍歴者であり、荒野の開拓者でありたいという希望は、昔も今も持っている。」この自伝は、有名になるまでの20代で終わる。悩める若き研究者の心の軌跡が描かれ、内向的な性格や父親との確執等親近感がある。戦後まもなく彼がなぜ日本人初のノーベル賞受賞したのか、その謎に迫ることができる。
『河合隼雄 物語とたましい』河合隼雄、平凡社
河合隼雄は、日本におけるユング心理学を代表する学者である。物語に注目し、日本神話では対立する神が適当なバランスをもって共存している中空構造と位置づけ、西洋の中心統合型と対比させている。スイスでのユング分析家資格試験において、指導教官と筆者が対立するところが、特に興味深い。
「花嫁はどこへ?」監督キラン・ラオ、インド映画
二人の花嫁が満員電車で同じ赤いベールを被っていたことから取り間違えられ、離れ離れとなってしまう新婚夫婦のドタバタ喜劇。従順で健気な花嫁と自立を願うもう一人の花嫁が対照的に描かれる。インドの社会背景が良く理解でき、英米以外の映画をもっと観たいと思えた。
〇宮田晶子(政経)
『日本語が滅びるということ』 水村美苗、筑摩書房
米国発のマネジメント誌の編集・出版という仕事に携わっている私からすると、カタカナという便利な文字があるがために、私たちの取り巻く言葉がどんどん英語に侵食されているように思われてならない。ここは日本語にしたい、と思っても、カタカナにしないと「界隈」の方には「わかってない」と言われてしまう。明治維新の開国で「西洋の衝撃」を浴び、豊かな近代文学を生み出した日本語だが、インターネットの登場とグローバル化の進展のなかで、その未来が危うくなっている。2008年に刊行された本だが、人工知能の急速な発達もあり、本書で提起された問題がますます差し迫っているように思われた。
*次回は、前田由紀さん(一文)の司会で、2025年5月23日(金)第21回冬の54ら読書会を予定しています。