第13回 春の54ら読書会報告 2023年5月26日(金)
人類の起源から始まった今回の読書会。DNA解析から新たな歴史が解明されるのだろう。山岡荘八の文庫全巻読破した発表者。一人の作家を読み通すとどんな景色が見えるのだろう。読書は、登山のようだ。社会福祉学の専門家から「境界知能」という言葉を知る。中国経済の台頭は目覚ましいが、グワンシ(関係)文化が富を生むメカニズムだという。紹介されたカズオイシグロの映画「生きるLiving」は、当日観たばかりで偶然に驚いた。健康のための最強レシピもこれから欠かせない要素だ。54ら句会幹事広渡詩乃さんの句が掲載された『俳壇』。俳句は、身近な言葉の芸術だ。旅行が楽しみな年代となったが、沢木耕太郎の9年ぶり大作による稀有な旅人のお話。そして3月に逝去した坂本龍一の自伝。今回も全参加者が5分位ずつお薦めの本等を紹介し、多岐にわたる本の旅を一緒に満喫でき、新しい参加者もおられたので、改めて自己紹介し合う良き機会となった。(前田)
参加者の皆さんは、ご覧の通り。(発表順)
篠原泰司さん、福島碧さん、石河久美子さん、沖宏志さん、
仁多玲子さん、鈴木伸治さん、宮田晶子さん、前田由紀の8名
なお、これまでの 読書会報告集、Book List、もご覧いただけます。
1.篠原泰司(一文)
『人類の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」』
篠田 謙一、中公新書
PCR法の使用で古代DNA研究の分野がめざましい成果をあげているらしい。この本は現時点でのその成果を著したものだ。2022年10月にノーベル生理学・医学賞を受賞したスバンテ・ペーボ博士の研究分野がまさに古代DNA研究だった。ノーベル賞受賞後の2022年10月以降この本の売上も倍増し、2023新書大賞の2位にもなった。デニソワ人や出アフリカの新しいストーリーなど興味深い記述も多いのだが、世界各地での古代DNA解析がまだ途上にあり記述が中途半端になっている面も多いと感じられる。でも、古代DNA 解析が進めば驚くような古代のストーリーが出現するかもしれない。何年後かの同分野の新しい本の登場が今から楽しみでもある。
『目的への抵抗 シリーズ哲学講話』國分功一朗、新潮新書
コロナ禍での二つの講義を本にしたもの。「目的に抗するところにこそ人間の自由がある」(P3)というのが本書の主題である。人間の自由を奪うのは政治や国家という外部ではなく、実は自己の心なのではないか?薄い本ではあるが、内容は濃く重厚だ。ぜひ読んでほしい一冊である。
『メディチ家』森田義之、講談社現代新書
コロナ禍が終了し、海外旅行、特にヨーロッパ方面への旅行を計画している人も多くいると思われる。もしイタリア方面に行かれるなら、ぜひ一読してほしい本である。内容の濃さは群を抜いている。私もイタリアが好きで多くの本を読んできたが、最高の部類に入る一冊だと思う。フィレンツェの貴族メディチ家の歴史について書かれた本だが、フィレンツェだけではなくイタリアやヨーロッパ全体の歴史を理解する助けにもなるだろう。ルネサンス美術を鑑賞理解する際の強力な土台になる知識が網羅されている。
2.福島 碧(社学)
『小説 太平洋戦争』1巻~9巻、山岡荘八、講談社
「これを国民のために書かないうちは、死ねないと思った」という著者山岡荘八(スゴい!)。確かに、山岡(以下敬称略)は、この9冊を66才(なんと私達と同じ歳)で書き上げ、5年後の71歳で亡くなっています。この中で、山岡は繰り返し述べていますが、この太平洋戦争は、アメリカ大統領(当時)ルーズベルトとイギリスのチャーチルの太平洋上のヨットでの密約から始まり、欧米人ではない“ジャップ(猿)“が東南アジアへ領土を拡大するのはけしからん、ましてやドイツ、イタリアと3国同盟など許せない、との理由だったとのこと。人種差別以外の何物でもないですね。これからすると、欧米人は、日本が世界のNO.1になるのは許さない、→従って、トヨタが世界1の売り上げとなるのは許さない、→電気自動車以外ゆるさない、となるのでは?と思ったりします。また、今ウクライナでの核兵器の使用が危惧されていますが、広島・長崎への人類初の原子爆弾による人体実験(人類差別)という見方からすると、かつての同国人であるウクライナへの核使用は、ないと考えられます。今まで、太平洋戦争について学校で教わることはなく、この本で初めて実態を知りました。山岡の強烈なメッセージを受け取りました。(これで、文庫として発刊されている山岡荘八の全書籍100巻の読了となりました。あらためて、山岡氏の生き方に近づけたように思います。中でも、『徳川家康』、この『太平洋戦争』は、もう一度ゆっくり読み返してみたいと思っています。)
3.石河 久美子(一文)
『ケーキの切れない非行少年たち』宮口幸治、新潮新書
少年院に居る少年たちの中には、発達障害や知的障害を持つ者が多く含まれる。ケーキを切ろうとするといびつになってしまうように、これらの少年たちは世の中が歪んで見えていたり、人とうまくコミュニケーションが取れなかったりする。そのことが家庭でも学校でも気づかれることなくやがて非行に手を染めることになる。特定の読者に限定されがちな内容であるが、「ケーキが切れない」と「非行少年」を組み合わせたタイトルの妙と少年が切り分けたケーキの図を示すことで、一般読者も手に取りやすい本になっている。ベストセラー。アニメ版もある。
映画 「生きる Living 」監督 オリヴァー・ハーマナス
カズオイシグロの脚本で話題になった黒澤明の名作「生きる」のイギリスリメイク版。黒澤版のストーリー展開をほぼ忠実に再現し、エピソードの数々も工夫して取り入れているが、趣はやや異なる。黒澤版の主人公は冴えない小役人風だが、イギリス版は偏屈ながらも品格のあるイギリス紳士。黒澤版はテーマがストレートで滑稽な部分もあったりするが、イギリス版は、しみじみと余韻を残すような静けさが感じられる。2作品を見比べるのも楽しい。
4.沖 宏志(理工)
『レッド・ルーレット』デズモンド・シャム(草思社)
現代中国の中で、富を生むメカニズムを実体験から暴露した本で、特にその負の側面に焦点をあてている。赤い貴族と言われる共産党の幹部と家族が、コネを存分に利用して、利権をむさぼる構造が描かれている。しかし習近平が国の形を変えた。起業家や富裕層を弱体化させ、市民社会の芽を摘み取り、アリババのジャック・マーにも国のためのスパイ活動を強要できるようにした。この新中国でイノベーションが続くかどうかが注目される。
5.仁多 玲子(商)
『「がん」を生き抜く最強のレシピ』森山晃嗣 森山瑠水、飯塚喬子、コスモトゥーワン
森山晃嗣先生は、NPO法人がんコントロール協会の理事長をやってらして、日々健康についてご尽力されています。森山瑠水さんは、森山先生の娘さんで、がんコントロール協会の理事になっています。飯塚喬子さんは、フードコーディネーターとして活躍されています。本書は、3人の共著であり、がんという病気にとって、食事がいかに大切か教えています。食事によっては、がん細胞を抑制することも、逆に増殖させることにもなるのです。その食事について、その理論と、食べた方がいい食事の献立まで、詳しく解説されています。もし、がんになるのが怖い方は、一度読まれてはいかがでしょうか?
『俳壇』2023年6月号、本阿弥書店
先日、54ら句会でお世話になりました、幹事の広渡詩乃さんの俳句が、「特集 俳句の新しい風」というところで、8句紹介されています。
6.宮田 晶子(政経)
『天路の旅人』沢木耕太郎 新潮社
日中戦争下に密偵として内モンゴルから河西回廊を経てチベットに行った日本人、西川一三の旅を辿った物語。ラマ僧に身をやつしての旅のすごさにも驚かされるが、戦後日本に戻って淡々と理容関係の卸業を続け、単調とも言える日々を送った西川の後半生も印象深かった。
7.前田 由紀(一文)
『音楽は自由にする』坂本龍一、新潮文庫
今月3月、学生時代からずっと注目してきた坂本龍一がこの世を去った。YMOで世界を席巻し、戦メリやラストエンペラーなど多くの映画音楽で魅了し、環境、原発、非戦と社会問題でも積極的に発言した彼の軌跡を、この自伝を読み返すことで辿ることできた。読書家で、「本本堂」という自らの出版社を設立しているのも興味深かった。年齢を重ねながらも常に新しい音楽を追求し、世界の仲間と交流し、自然と対話する姿は、彼の音楽と共に心に染み入るものである。